2009年02月

父のスケジュール帳兼日記

827 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:2009/02/22(日) 14:00:09 ID:8f3oqw6J
萌えるってのとはちょっと違うんだけど。
長文&スレチごめん。

うちの父、数年前までは中古車屋やってたんだけど、まあこの不況だから潰れちゃったのね。
で、店たたんだ時にファイルの入った棚やらなにやらそのまま持って帰ってきたんだけど、
両親揃って面倒臭いらしくて、片付けもせず家の和室にずっと置きっぱなし。

この前、当時のお客さんの都合で書類が要るらしくて、久々に母がその棚を開けたらしい。
「面白いものが出てきた!」って言うからなにかと思ったら、父が毎日欠かさずつけてたスケジュール帳兼日記。
そういえば子どものころに見せて貰おうとしても、絶対に許してくれなかったなーとか、
ここ数年はコレ書いてるところ見ないなーとか色々思いながら、母と二人でこっそり読んでみた。
私はその時所謂『お父さん嫌い!』っていう時期で、恥ずかしいこと書いてあったらネタにしてやろうとさえ思ってた。
でもいざパラパラ中身を見ていったら、黒くて几帳面なちっちゃい字の中に、たまに赤色で大きく

「○○(私)が髪切ってた!!」とか
「○○が仕事場まで新しい制服見せに来た!!」とか

他にも色々書いてあるんだよね。ものすごい重大事件みたいに。
本人としてはそんなことあったな位にしか覚えてないんだけど、それでもぼんやり思いだしてきて。
もう無くなっちゃった父の店の光景とか匂いとか、あの頃は父娘仲良かったなあとか。
それと同時に、最近の自分と父のケンカばっかりな関係のこととか考えちゃって。
母が隣にいるにもかかわらずボロボロ泣いてしまった。母は(゚д゚)←まさにこんな顔してた。

今は知人のつてでリサイクルショップの店員やってる父。体力ないのに毎日自転車運びとか頑張ってる。
お父さん、無理しないで元気で長生きしてください。

政宗の愛馬「後藤黒」

646 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/20(月) 23:40:05 ID:atgcrood
後藤黒

政宗の愛馬は、その名を「後藤黒」といった。名のとおり、美しい黒い毛並みの馬であった。
戦のたび、後藤黒は政宗を乗せ、数々の戦場を駆け巡った。
「後藤黒の馬首が向かう所、戦えば必ず勝ち、攻めれば必ず取る」と言われた。
後藤黒にまたがる政宗は、伊達軍のシンボルであった。

が、その後藤黒も歳を取った。
大阪の陣では連れて行くことをあきらめ、厩舎に残していった。
主人においていかれ、後藤黒は酷く寂しい様であった。そしてある日厩舎を抜け出し、
城の崖から飛び降り、死んだ。
政宗と共に戦場にいけなくなったことを悲しんで死んだのだ。と、言われた。

政宗は後藤黒が飛び降りた天守台の麓にその墓を建て、深くその霊を弔ったという。


後藤黒が駆け回った戦場も、日本から消えようとしていた。そんな頃のお話。

1000ドル

306 おさかなくわえた名無しさん sage 2007/06/30(土) 23:20:05 ID:Z+aIVzSB
男がある日、親友の妻に会いに行った。親友は会社にいた。
「僕とSEXしない?」 彼は親友の妻に尋ねた。
「いやよ。旦那に怒られるわ」 「よし、じゃあもし1000ドルあげたらどうする?」
「う〜ん、1000ドルならいいわね。明日の午後、旦那が働いてる間にまた来て」
そして男は翌日現れ1000ドルを無造作にテーブルに置き、まあ、とにかくやっちゃった。
夜になり旦那は取り乱した表情で帰って来た。
「俺の友達、今日来たか?」
「う、う、うん」妻は困惑しながら言った。
「で、奴は1000ドル置いてったか?」
「う、う、うん。」妻は覚悟を決め言った。
「そりゃよかったぁ。なんていい奴なんだ。奴、今朝俺のとこに来て、午後には返すから1000ドル貸してくれって言ってたんだよ!」

受け継がれるドレス

76 名前:なごみ 1/2[sage] 投稿日:2009/02/19(木) 20:55:11 ID:ruSxRDAo0
それで思い出したんだけど、自分がまだ保育園児だった頃
手先が器用だった母がごっこ遊び用にと、結構本格的に
お姫様風のドレスを何着か作って保育園に寄贈した。
(確かセラムンの主人公が着てた?白いドレスと
 オリジナルで赤いフリフリのドレス等)
そのドレスは大人気で、他の女の子たちが
今日は自分が着るんだといつも取り合いしていたと記憶している。

で、自分も卒園してもう成人したある日、
主婦をしている友人がちょっと急用が出来たとかで
保育園に預けている子供を迎えに言って欲しいと言われた。
(自分&友人はその保育園卒で、友人の子も前述の保育園に預けられている)
自分は日頃から友人の子の遊び相手をしているのでそれを了承。

早速迎えに行って、子供が帰る支度が済むまでの間
変わらない風景があまりに懐かしくて、近くにいた先生に何気なく
「昔ここでお世話になったんです。
 うちの母がこちらに子供用のドレスを送ったりしたんですよ」言うと、
「ああ!もしかしてあのドレスの方ですか?」と返された。
その先生は自分と同い年くらいだったので
え?と思っているとそのドレスを持ってきてくれた。
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カレー屋にターバン巻いたインド人が来た

110 名前:本当にあった怖い名無し[mailto:sage] 投稿日:2009/02/20(金) 19:09:08 ID:9s0ckAcD0
 昨日、近くのカレー屋にターバン巻いたインド人が来た。
 挑発的な目つきで、カレー頼んだ。
 店主緊張した面持ちでカレー作った。
 カレー届けられた。
 客にも緊張走った。
 インド人、「カラッ」て言った。
 店主ほくそ笑んでた。

「ヤバい」という表現

807 Socket774 :2009/02/11(水) 02:57:31 ID:aIcfXt3q
矢場では的を外れた矢により怪我をしたり命を落とす者さえあり
その様から危険な状況を「ヤバい」という表現が用いられるようになった
文献によると室町時代頃までさかのぼることができる。


812 Socket774 :2009/02/11(水) 03:12:12 ID:eYUdE9DT
>>807
やばいは、「具合の悪いさま」「不都合」を意味する形容動詞「やば」を形容詞化した語で、
もとは盗人や香具師などの隠語であった。
戦前、囚人が看守を「やば」と呼んだことをやばいの語源とする説もあるが、
「やば」は江戸後期には既に使われているため、形容詞化の由来としては考慮できるが、
「やば」の語源としては誤りで、「彌危ない(いやあぶない)」「あやぶい」と同じ語系と考えられる。
その他、「夜這い」が転じ、「やばい」になったとする説もあるが、民間語源説である。
1980年代頃から若者言葉で「やばい」が「格好悪い」の意味として用いられるようになり、90年代から「凄い」の意味が派生し、肯定・否定問わず「やばい」が用いられるようになった。


民明書房 「闘う動物大百科」より抜粋

ガラス越しに写った自分

551 名前:774RR[sage] 投稿日:2009/02/24(火) 01:56:38 ID:4k9OEht6
バイトの女の子の視線を受けながらサイドスタンドをかける。
コンビニのガラス越しに自分の姿が写った。
写った自分にふと違和感を感じた。
一瞬、何が起きたのか解らず頭の中がパニックになった。


そこに写るのは間違えなくいつもの俺だ。
服装も、ヘルメットも、グローブも・・・

ただ一つだけ違うものがあった。
そう。俺が今まで乗っていた乗り物だ。
俺の横にはゼルビスではく錆で今にも壊れてしまいそうな自転車がいた。


バイトの女の子からの熱い視線は死線だったのだ。

どうやら俺はそれを越えてしまったらしい。

メットとグローブをカゴにほうり込み店内に入り、何食わぬ顔で弁当を買った。

女の子の死線が熱い。
燃えてしまいそうだ。

本当は肉まんが欲しかったがそんな事は言えるはずもなかった。
今でもバイトの女の子の顔が脳裏を過ぎる。

俺があのコンビニに行く事はもうないのだろう。




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