94 名前:創る名無しに見る名無し[sage] 投稿日:2010/10/09(土) 22:22:08 ID:d+ojtWDQ
その部屋には、一人の男が一日中酒を飲んで過ごしていた。
とは言っても、今日は休日ではない。男はかなり前から会社には行っていなかった。
普通は、すぐにお金に困るはずだが、男はそうならなかった。
彼は鞄を持っていた。それは少し大きめでの色あせた、時代を感じさせる鞄だった。
もう一年ほど前になるだろうか。男がまだ会社にきちんと勤めていた頃。
彼はとても真面目な人物だった。真面目に働き、誤魔化しをしない。嫌がられている仕事を進んでやる。良い人の良い所ばかりを集めたような人物だった。
その人の良さが認められて、男は異例の昇進をした。もちろん、昇進してもきちんと働いた。
むしろ責任のある地位ということで、仕事にかける熱心さはさらに強くなった。
それからしばらくした頃である。男がベッドで寝ていると、夢の中で声を聞いた。
「君は真面目でしっかりした人物だ。そんな君にちょっとしたプレゼントをあげよう」
「あなたは一体……」
「うむ。名乗っても分かるまいが、強いて言えばお前たちの言うところの神だ」
「か、神様ですって」
「そうだ。そしてプレゼントというのは、この鞄だ」
「鞄ですか……」
「もちろんただの鞄ではない。なんでも取り出せる鞄だ」
「と、言うと」
「欲しいと思ったものを思い浮かべながら手を入れると、なんでも出てくるのだ。忙しいお前さんにはちょうどいいだろう」
「なんというすばらしい鞄でしょう」
「うむ。ただし一つ注意してくれよ。その鞄は……」
その時、ベッドから転がり落ちて、男は目が覚めた。
「なんだ、夢か。しかしあんな鞄が本当にあったら便利だろうな……」
しかし、男はそこで言葉を詰まらせた。
部屋の中で先ほど神様が言っていたらしい鞄があったのだ。
「や、するとさっきのは本当のことだったのか」
彼はおそるおそる鞄に手を入れた。酒を思い浮かべながら。
最初は何もなかったはずの鞄に、手ごたえがあった。
引き抜いてみると、まさしく酒が出てきた。しかも、思い浮べた通りの高級品だった。
それを飲む。確かに本物だ。ということは、この鞄も本物ということになる。
かくして、男は会社に行かなくなった。
いつでも好きな物が好きなだけ手に入るのだ。働いてなんになる。
「まさか遊んで暮らすのがこんなにおもしろいとはなあ。今まで忙しく働いてきたのがばからしくなってきたぞ」
最初こそ、同僚やら社長やらが男の家に訪ねてきたものの、彼が会社を辞めると言ってからは全く来なくなった。
もちろん鞄のことは誰にも言わなかったし、誰にも見せなかった。
「そういえば神様が何か注意しようとしていたけど、なんのことだったのだろう。きっとこの鞄を自慢するなと言いたかったんだろう。誰も欲しいと言うに決まっている」
腹が空けば鞄からあらゆる料理を取りだして食べる。暇になれば鞄はあらゆる娯楽を提供してくれた。
まさに至れり尽くせりの生活だった。
今ではこの部屋に来るのは、部屋代を取りに来る大家くらいのものだった。そんなときも鞄からお金を出せばいい。
男は完全に働く気が失せていた。
そんな生活が続いていたある日。
ノックの音がした。今日は部屋代の日だったかなと思いながら、男は鞄からお金を取り出そうとした。
蓄えなどあるはずがない。いつでも何でも手に入るのだから。
しかし、紙は紙でも紙幣ではなく、ただの紙が一枚だけ出てきた。
よく見ると、このような文章が書かれていた。
毎度ながら、ご利用ありがとうございます。初使用から一年が経ちましたので、本日を決算日とさせていただきます。
あなたは支出と収入のバランスが悪く、すでに貯金は底をついております。
それでも使用されたため、多額の借金が発生しております。次回の使用は借金を片付けてから……
そしてその下には、信じられない額の数字が書き込まれていた。
「や、この鞄はなんでも無限に出せる鞄ではなく、神様の買い物道具だったのだな」
借金を返さないといけないからか、もはや鞄に手を入れても、何も出てこなかった。
その部屋には、一人の男が一日中酒を飲んで過ごしていた。
とは言っても、今日は休日ではない。男はかなり前から会社には行っていなかった。
普通は、すぐにお金に困るはずだが、男はそうならなかった。
彼は鞄を持っていた。それは少し大きめでの色あせた、時代を感じさせる鞄だった。
もう一年ほど前になるだろうか。男がまだ会社にきちんと勤めていた頃。
彼はとても真面目な人物だった。真面目に働き、誤魔化しをしない。嫌がられている仕事を進んでやる。良い人の良い所ばかりを集めたような人物だった。
その人の良さが認められて、男は異例の昇進をした。もちろん、昇進してもきちんと働いた。
むしろ責任のある地位ということで、仕事にかける熱心さはさらに強くなった。
それからしばらくした頃である。男がベッドで寝ていると、夢の中で声を聞いた。
「君は真面目でしっかりした人物だ。そんな君にちょっとしたプレゼントをあげよう」
「あなたは一体……」
「うむ。名乗っても分かるまいが、強いて言えばお前たちの言うところの神だ」
「か、神様ですって」
「そうだ。そしてプレゼントというのは、この鞄だ」
「鞄ですか……」
「もちろんただの鞄ではない。なんでも取り出せる鞄だ」
「と、言うと」
「欲しいと思ったものを思い浮かべながら手を入れると、なんでも出てくるのだ。忙しいお前さんにはちょうどいいだろう」
「なんというすばらしい鞄でしょう」
「うむ。ただし一つ注意してくれよ。その鞄は……」
その時、ベッドから転がり落ちて、男は目が覚めた。
「なんだ、夢か。しかしあんな鞄が本当にあったら便利だろうな……」
しかし、男はそこで言葉を詰まらせた。
部屋の中で先ほど神様が言っていたらしい鞄があったのだ。
「や、するとさっきのは本当のことだったのか」
彼はおそるおそる鞄に手を入れた。酒を思い浮かべながら。
最初は何もなかったはずの鞄に、手ごたえがあった。
引き抜いてみると、まさしく酒が出てきた。しかも、思い浮べた通りの高級品だった。
それを飲む。確かに本物だ。ということは、この鞄も本物ということになる。
かくして、男は会社に行かなくなった。
いつでも好きな物が好きなだけ手に入るのだ。働いてなんになる。
「まさか遊んで暮らすのがこんなにおもしろいとはなあ。今まで忙しく働いてきたのがばからしくなってきたぞ」
最初こそ、同僚やら社長やらが男の家に訪ねてきたものの、彼が会社を辞めると言ってからは全く来なくなった。
もちろん鞄のことは誰にも言わなかったし、誰にも見せなかった。
「そういえば神様が何か注意しようとしていたけど、なんのことだったのだろう。きっとこの鞄を自慢するなと言いたかったんだろう。誰も欲しいと言うに決まっている」
腹が空けば鞄からあらゆる料理を取りだして食べる。暇になれば鞄はあらゆる娯楽を提供してくれた。
まさに至れり尽くせりの生活だった。
今ではこの部屋に来るのは、部屋代を取りに来る大家くらいのものだった。そんなときも鞄からお金を出せばいい。
男は完全に働く気が失せていた。
そんな生活が続いていたある日。
ノックの音がした。今日は部屋代の日だったかなと思いながら、男は鞄からお金を取り出そうとした。
蓄えなどあるはずがない。いつでも何でも手に入るのだから。
しかし、紙は紙でも紙幣ではなく、ただの紙が一枚だけ出てきた。
よく見ると、このような文章が書かれていた。
毎度ながら、ご利用ありがとうございます。初使用から一年が経ちましたので、本日を決算日とさせていただきます。
あなたは支出と収入のバランスが悪く、すでに貯金は底をついております。
それでも使用されたため、多額の借金が発生しております。次回の使用は借金を片付けてから……
そしてその下には、信じられない額の数字が書き込まれていた。
「や、この鞄はなんでも無限に出せる鞄ではなく、神様の買い物道具だったのだな」
借金を返さないといけないからか、もはや鞄に手を入れても、何も出てこなかった。