695 名前:お似合いの仕事[sage] 投稿日:2013/03/11(月) 00:26:17.81 ID:bxm4yCRL
久しぶりに居間のテレビをつけた瞬間、思わず目をみはった。
ちょうど歌番組をやっているところで、懐かしい名前がテロップで表示されていた。
画面ではピンク髪にフリフリドレスの歌手が、ところ狭しとステージ上を駆けまわっている。
美少女アニメの世界から抜け出してきたような格好だ。

――姫川千尋、か。

千尋は高校時代、クラスで一番の人気者だった。
初めて出会ったころから、芸能人みたいな名前をよくからかわれていた。
よく通るきれいな声で、合唱コンクールに出た時はソロを任されていたっけ。
整った顔立ちで、誰からも好かれるような笑顔がまぶしい優等生。
加えて実家が地元の名士とくれば、何をやっても成功するだろうとは思っていた。
それなのに「一番じゃない、せいぜい三番くらいがお似合いだよ」なんて笑ってみせたりして、謙虚なところも人気があった。

高校を卒業すると、千尋とはすっかり疎遠になってしまった。
進む大学が違っていたし、住む世界が違うなと感じたのもある。
それでもしぶとく年賀状は送り続けた。やっぱり気になっていたんだろう。
千尋の邪魔にならない範囲で、最低限の近況だけは知っておきたかった。

大学でバンドサークルに所属していたこと。
めぼしいレコード会社に片っぱしからデモテープを送り続けていたこと。
親のコネでは何ともなりません、なんて冗談めかして書きつけたこと。
おそらく年賀状を送ってきた全員に同じような文面を返していたんだろう。
だがそれも、大学を卒業してから途絶えてしまった。
こちらも就職してすぐ海外転勤になったから、連絡をとるどころの話ではなかった。

五年ぶりに帰国してつけた実家のテレビには、相変わらずフリフリドレスのお人形みたいな女の子が映っている。
国内事情にすっかり疎くなってしまった俺でも、名前くらいはわかる。
「えっと母さん、この子って確か……」
台所にいた母を呼ぶと駆け寄ってきて、俺の問いに応えるより早く、
「あら、千尋くん市長選で当選確実だって」
後で言いたかったことを先に言った。