682 名前:おさかなくわえた名無しさん[age] 投稿日:2014/02/23(日) 12:00:00.27 ID:sJW6X0W8
61: 名無しさん@13周年 [sage] 2014/02/23(日) 07:15:43.15 ID:I+5dToSh0
手術中に死んでいる患者の脈を医師の指示で計った看護師が
自分の脈を告げてしまって、それを聞いた医師が『それあんたの脈だからww』と
死人を前に皆で大笑いしたというエピソードがある

122 : 名無しさん@13周年 [] 2014/02/23(日) 08:16:04.67 ID:f7R9OuPJ0
火葬中に動いてるように見えるなんて聞くけど、その内の何割かは・・・

129: 名無しさん@13周年 [sage] 2014/02/23(日) 08:22:21.60 ID:kvqZb2E90
>>122
あのときは驚いたよ
告別式を終え最後に棺桶に献花して閉棺して火葬場に向かうため大型バスの床したに親戚4人で棺桶を運んでいた時突然、トン


711 名前:おさかなくわえた名無しさん[age] 投稿日:2014/02/24(月) 12:56:26.34 ID:/8RmAOzr
>>682
10年以上前勤務医で当直してた時に
心肺停止したジイさんが家族と一緒に担送されて来て、
家族に話聞いたら、2時間くらいは呼吸が止まってたらしいし、瞳孔は完全に散大してて、
なにより体温が冷たくなっていた

担送の段階で、「もうこれは望みがありませんから、このまま静かに見送ってあげましょう。」と家族を説得したら
家族に「そんなこと言わないで何とかお願いします。」って頼まれて、患者のためってよりも最初は家族を納得させるために心肺蘇生やったら
心臓の拍動が再開されて、自発呼吸まで戻ったことがあった。さすがに意識は戻らなかったが
入院扱いになって、記録の上ではさらに2日間生きててた

常識では考えられないことが起こることもある


713 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2014/02/24(月) 13:36:20.68 ID:zOW3aOHP
大正、昭和初期生まれの生命力やばいからな
戦争生き抜いただけあるわ
今の方が退化してるんじゃないかと思う


714 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2014/02/24(月) 13:48:28.30 ID:bPzpFa7U

舩坂弘

・「不死身の分隊長」と呼ばれる
・米軍の攻勢の前に左大腿部に裂傷を負う。
・軍医が助からないと判断して自決用の手榴弾を手渡される程の瀕死の重傷。
・ちなみに軍医が来るまでの間、米軍の銃火の中に数時間放置される。
・しかし、日章旗で縛ることで止血し「夜通し這う」ことで洞窟陣地に帰り着き、翌日には歩けるまでに回復。
・その後も瀕死クラスの傷を何度も負うも、不思議と翌日には回復している。
・「生まれつき傷が治りやすい体質」と、本人談。
・鬼神の如き奮戦の記録。
・アンガウルの戦いにて擲弾筒および臼砲にて米兵を200人以上殺傷。
・絶望的な戦況でも、拳銃の3連射で3人の米兵を倒す。
・米兵から鹵獲した短機関銃で3人を一度に倒す。
・左足と両腕を負傷した状態で、銃剣で1人刺殺。
・その銃剣を「短機関銃」を手にしていた敵兵に投げ、顎部に突き刺して殺す。
・腹部に重傷を負ってついに「這うこと」しか出来なくなり、「もはやこれまで」と自決用手榴弾の信管を抜くも
 不発。
・戦友も次々と倒れ部隊壊滅するが、死ぬ前にせめて敵将に一矢報いんと
 重傷なのに米軍司令部への単身斬り込み(10000人vs1人)、肉弾自爆を決意する。
・その前に自分の傷口に群がる蛆虫を拳銃の火薬で殺すが、あまりの激痛に失神。
 半日間死線を彷徨うが後に復活。
・手榴弾6発を身体にくくりつけ、拳銃1丁を持って重傷なのに数夜這い続ける
・重傷なのに前哨陣地を突破。4日目には米軍指揮所テント群に20メートルの地点にまで潜入していた。


715 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2014/02/24(月) 13:49:03.73 ID:bPzpFa7U

・ちなみにこの時までの負傷は大小24箇所。
・左大腿部裂傷・左上膊部貫通銃創2箇所
・頭部打撲傷・左腹部盲貫銃創

さらに
・右肩捻挫・右足首脱臼・火傷
・全身20箇所に食い込んだ砲弾の破片

・でも敵を目の前にして「立ち上がり」、発見した米軍は激しく動揺。
・手榴弾片手に米軍に向かって全力疾走。
・残念ながら首を銃撃されて昏倒する。もちろん米軍は戦死と判断。
・一応は野戦病院に担ぎ込まれ、「これが日本のサムライだけが出来る勇敢な死に様」と評価される。
・そんな船坂は3日後に米軍の野戦病院で生き返る。
・素早く周囲の医療器具を叩き壊し、駆けつけた鬼より怖いMPに「俺を早く撃ち殺せ!」と無理を言う。
・その後も顔面蒼白の米兵を尻目に暴れまわる。
・戦地アウンガルにいる米兵の間で「伝説」と化した。
・敵ながら勇気を称えられ「勇敢なる兵士」の名を贈られる。
・数日後、ペリリュー島の捕虜収容所に身柄を移される。
・船坂の最強伝説はペリリュー島まで伝わっており、要注意人物の筆頭に挙げられる。
・瀕死の重傷なのに収容所から抜け出すことに成功。
・この時、極度の栄養失調に加え出血多量により、両目はほとんど見えていない。
・なのに1000メートルも潜んで行って日本兵の遺体から抜き取った火薬によって、米軍弾薬庫を爆破。
・爆破後に収容所に戻り、何食わぬ顔で翌朝の点呼に参加。
・もちろん米軍は徹底的な捜査をしたが、弾薬庫が吹き飛んだ原因は判明しなかった。
・仕方がないので米軍の公式記録には「原因不明の爆発」と記される。
・耐えかねた米側に捕虜収容所を追い出され、各地の捕虜収容所を転々として1946年に無事帰国。
・実家に帰ってきたが、すでに死亡したとされ位牌まであった。
・村の人々は幽霊ではないかと噂し、しばらくの間疑いの目で見られる。
・個人の戦闘記録としては唯一戦史叢書に載せられている。


717 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2014/02/24(月) 14:18:24.18 ID:C0JALPme
本当なら凄すぎる
人間じゃねえだろw