戦国ネタ

戦国武将の勝率

968 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2015/02/16(月) 10:16:16.79 ID:bAjXSV2r0
1位 豊臣秀吉     ,852 84勝8敗7分 (海外含むと, 741 106勝22敗15分)
2位 毛利元就     ,816 49勝9敗2分
3位 長宗我部元親   .764 39勝8敗4分
4位 島津義弘     .739 34勝6敗6分
5位 武田信玄     .730 46勝4敗13分
6位 織田信長     .719 59勝16敗8分
7位 上杉謙信     .707 41勝5敗12分
8位 脱糞       .701 47勝8敗12分
9位 北条氏康     .690 29勝8敗5分
10位 肥前の熊     .692 23勝4敗4分
12位 松永弾正     .600 18勝5敗7分
13位 宇喜多直家    .667 16勝6敗2分
14位 大友宗麟     .560 14勝9敗2分
15位 伊達政宗     .545 12勝4敗6分
16位 佐竹義重     .536 15勝8敗5分
17位 浅井長政     .533 08勝4敗3分
18位 最上義光     .524 11勝3敗7分
19位 朝倉義景     .522 12勝6敗5分
20位 里見義堯     .517 15勝9敗5分

番外
ナポレオン・ボナパルト 41戦38勝3敗


戦国時代の武将たちの豪快すぎるエピソード

797 名前:おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/[sage] 投稿日:2014/12/28(日) 00:37:23.71 ID:aPMOB0yM.net
戦国時代の武将たちの豪快すぎるエピソード

●俺を慌てさせた茶器は許さぬ!
独眼竜で知られる伊達政宗。あるとき政宗が手に持った高価な茶器を眺めていた際、うっかり手を滑らせてしまいます。
とっさに受け止めたために落とさずに済みましたが、なぜかその直後に政宗は茶器を床にたたきつけて割ってしまいます。
いわく「茶わんを落とすことで慌ててしまった自分が腹立たしい」と。

●大好きな妻に色目を使ったやつは許さぬ!
近畿地方の北部、丹後地方を治めていた細川忠興。彼には細川ガラシャという美しい奥さんがおり、相当に愛していました。
非常に嫉妬深かった。例えば、木から落ちた庭師を「妻に見とれていたのだろう!」と怒り、斬り殺してしまった。

●部下のお祈り事のスケールが小さいのは許さぬ!
安芸国(広島県)を治め、三本の矢のエピソードが有名な毛利元就。幼いころ、家臣と共に宮島に参詣した際、家臣にどんなお願い事をしたか聞きました。家臣は「将来安芸国の立派な殿様になれるようお願いした」と言いましたが、
元就はそれを聞いて「天下の主になると願わないとは何たることか」と激怒。
宮島に引き返させて願い直させました。そんな毛利元就ですが、亡くなる際は「天下を取ろうと無謀な野望は持つな」と言った。

●とにかく反抗する!
加賀藩の祖、前田利家の息子の前田利常は、とにかく反抗心に満ちた男なのか、奇行が多かった。
例えば江戸城内に「小便禁止!破ったら黄金一枚!」という立て札が立てられた際、「お金が惜しくて大名が小便を我慢するか!」と言って立て札におしっこを引っ掛けました。
他にも殿中でご法度とされる頭巾をかぶったり、馬から下りないといけない場所も無視して馬で進むなど、とにかく制約に反対しまくり。

●気に入らないものはぶっつぶす!
織田信長の家臣の一人だった森長可。「鬼武蔵」という異名。例えば「関所事件」。ある関所を通ろうとした際、そこは信長の命令で通行止めにされていた。
それに長可は怒り、門番を殺して通ったといわれています。他にも馬を下りて端を渡るように言った番人に怒ってやりで突き刺したりと、むちゃくちゃな人だった。


もうすぐ正月だな!

102 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/23(金) 13:12:45.30 ID:4OzMeUBM
天正13年、吉川元春が娘(益田元祥室)に送った手紙

「今度の伊予への出陣は、今回が家督初めの役目だからって元長が出てくれることになった
 そんなわけで私はこっちに残るので、もうずいぶん会ってないことだし、
 おまえが訪ねてみようと思い立ってくれればいいなと思っています
 馬とか人手のことは心配しなくていいぞ
 迎えをやらせるから、必要なものを教えてくれ
 ここ(隠居館)には初めて来ることになるんだな
 早く来てくれればどんなにどんなに嬉しいだろう!
 まあちょっと考えて、すぐ返事をください
 待ってます

  5月4日      もと春
  七尾 五もじへ

 重ね重ね、なるべくすぐ返事をするように
 そちら(益田家)の出陣に差し障りが出ないように、いろいろ相談しよう」

婿君も留守になるし、お父さんはお休みだから新しい家に遊びにおいで、ってことらしい
鬼吉川で猛将の元春も、父としては現代のそこらのおっさんと何ら変わりはないようで
嫁いだ娘への溢れんばかりの愛情がひしひしと伝わってくる

でもこのおっさん、この一年と半年後には会いたくても会えないところに逝ってしまうんである
親元離れてる人は、たまには顔見せに帰ってやれよ!
もうすぐ正月だし、帰省する人はめいっぱい親孝行してこいよ!


最強の戦国武将は誰?

1 名前:逆落とし(静岡県)@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 21:40:59.99 ID:iyRxnR+z0
歴史を勉強し、その人物のファンになってしまったり、思わず親近感を抱いてしまったりしたこと、ありませんか?
教えて!gooには、そんな歴史上の人物に関する質問が寄せられています。

「最強の戦国武将は?」
質問者は最強の戦国武将を知りたいそうです。「戦略的にではなく戦術的に強い武将でお願いします。
ちなみに私は上杉謙信だと思います」と質問を寄せています。
歴史上、最強の戦国武将は一体誰なのでしょうか。

■戦国時代の名将
rczdさんは、信長の武功を紹介しながら、信長に一票を投じています。
「信長に1票!桶狭間は言うまでもなく、若年の信長は鬼気迫っていた……と、思わず唸ってしまいます」

noname#113260さんは、信長を推しながら、他にもさまざまな武将を挙げています。
「最強というからには、やはり兼業武士(アマチュア)ではなく専業の武士(プロ)で競うべきで、
信長を除けば、蒲生氏郷・結城秀康・柴田勝家・加藤清正などかと思います」

信長と並んで、多く寄せられたのが明智光秀です。
「戦術の総合面でいえば明智光秀でしょう。最前線・殿・補給・合戦・城攻めとあらゆる局面にて卒なく従事しています。
『戦術の何でも屋』は彼くらいでしょう。織田信長の新参としては十年足らずで軍団指令となっています。
路頭に迷ってこれほどの出世は戦国髄一です」(jamiruさん)

「羽柴秀吉及び明智光秀が両巨頭ではないでしょうか。この二人は負け知らずに等しく、雌雄を決した天王山の戦い以後、
羽柴軍の勢いは止まっておりません」(PENPENMAKKYさん)
他にも武田信玄や上杉謙信など、名将として知られる戦国武将が多く紹介されています。

■ややマイナーだけど最強!
徳川家康を苦しめたことで有名なあの人物の名を挙げたのはtoyoura001さん。
「私見では真田昌幸かと。徳川の大軍を小数の兵で返り討ちにしたことは伊達ではないと思います。
かといって真田昌幸が徳川のように何十万もの兵隊を持っていたとしても天下を獲れたとは思いません。難しいところですね」
http://news.livedoor.com/article/detail/9283230/


6 名前:アンクルホールド@\(^o^)/[sage] 投稿日:2014/09/23(火) 21:44:31.81 ID:yk54EM4O0
島津家久

戦場であげた大将首二つ

これ以上のチートはいないだろ


7 名前:リバースネックブリーカー@\(^o^)/[sage] 投稿日:2014/09/23(火) 21:45:25.07 ID:Y2HEE6n50
やっぱり首置いてけ様しかいない
敗軍の逃げ切り功労者


18 名前:グロリア(静岡県)@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 21:51:19.34 ID:J+evx65i0.net
キチガイじみてるのは島津一族
義弘はもちろんだが豊久家久もすさまじい


427 名前:腕ひしぎ十字固め(catv?)@\(^o^)/[sage] 投稿日:2014/09/24(水) 00:27:28.97 ID:cCNpjZKB0
どうして毛利は天下を取れなかったんだろう


431 名前:パイルドライバー@\(^o^)/[sage] 投稿日:2014/09/24(水) 00:30:10.05 ID:GRsykeaA0
>>427
元就じいちゃんが「これ以上領地ひろげんなカスども」と遺言して死んじゃったから。


12 名前:カーフブランディング@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 21:48:52.40 ID:WzypdfKr0
戦の強さだけなら上杉か武田のどちらかでしょ


21 名前:グロリア(新潟県)@\(^o^)/[sage] 投稿日:2014/09/23(火) 21:52:10.09 ID:6ynqGNgd0.net
>>12
武田信玄は徳川家康を軽くあしらってるからな
家康がウンコもらして逃げてきた直後に描かれた絵は有名


35 名前:カーフブランディング@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 21:56:21.56 ID:WzypdfKr0
>>21
信玄は家康を敗走させたし、謙信は秀吉が敵前逃亡するしで
この二人が天下人キラーなんだよなあ・・・


41 名前:ジャンピングカラテキック(庭)@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 21:57:22.62 ID:J0CpNtXw0
信長の野望のように
能力をすべて数値化するとしたら
トータルの値でやはり信長が図抜けているだろ
特に信長は運が強い

属する武将の能力や忠誠心を考慮しつつ「家」全体で見るなら
最強は徳川家
織田家は武田家にも劣る気がする


186 名前:テキサスクローバーホールド@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 22:45:52.73 ID:vulNM53z0
現代の理屈で言うと信長か信玄は強いはず
だが信長の資金源って不勉強なのかよくわからんw
秀吉家康は既に勢力としてでかいから資金源は自ずと類推出来るんだが
あれだけにのしあがる資金って何だったんだろうね


197 名前:ミドルキック(新潟県)@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 22:49:02.35 ID:HsnKDC8L0
>>186
堺とか大都市からの上納金じゃね?


205 名前:メンマ(庭)@\(^o^)/[sage] 投稿日:2014/09/23(火) 22:51:45.01 ID:C9xFNA+60
>>186
父親の代からの伊勢湾、木曽川の水軍権。莫大な税収を得てたみたいよ


208 名前:アキレス腱固め@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 22:53:14.19 ID:q1O3GKIJ0
>>186
もともと尾張は昔から流通経済の要だったので
商人や海運などの税でかなり潤っていたらしいだぎゃよ


217 名前:ジャンピングパワーボム@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 22:55:25.98 ID:fwHXV43e0
>>186
武田家ってのは土着武士のリーダー的な感じで直轄領が少なかったから金山で賄った
信長は家来には土地以外の恩賞与えることで、広大な土地の年貢をそのまま懐に入れられたから豊かだった
それが謀反の原因にもなったけど


227 名前:テキサスクローバーホールド@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 22:59:50.95 ID:vulNM53z0
>>197
>>205
>>208
>>217
すぐこれだけの話が集まって確信
こりゃ信長強いわw
速攻逃げるのも次の手を打てる
資金源が有ればこそだったのかもね


347 名前:張り手(長野県)@\(^o^)/[sage] 投稿日:2014/09/23(火) 23:52:52.09 ID:aP7bUfVt0
家康、秀吉、信長、謙信、信玄などなど・・このあたりの有名武将がまったく同質の兵1万を率いて合戦したら
全部痛み分けになると思うぜw
戦術能力の差なんてそこまで無いんじゃねぇの?


353 名前:足4の字固め(関東・甲信越)@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 23:55:39.46 ID:mtmIY314O
>>347
その中だと秀吉だけ瞬殺で事件になるレベルw


396 名前:断崖式ニードロップ@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/24(水) 00:15:04.36 ID:3safg457O
>>383
たとえ部下達が優秀でも秀吉の指揮力では
猛者たちとは到底渡り合えない

秀吉だけ撃ち取られるのがオチ
つーか、戦術とか知らんだろ()


277 名前:ハイキック(鹿児島県)@\(^o^)/[sage] 投稿日:2014/09/23(火) 23:15:44.82 ID:9OyflMKH0
ちょっと目線を変えて

最強の築城の匠 加藤清正 藤堂高虎
最強の切腹 清水宗治
最強の酒飲み 母里太兵衛
最強の暗殺者 宇喜多直家
最強の快楽殺人者 森長可 
最強の長生き 宇喜多秀家
最強の苦労人 山中鹿介
最強の死に方 松永久秀
最強の地獄 羽柴秀吉+黒田官兵衛(三木・鳥取城)

もちろん異論は認める


308 名前:エメラルドフロウジョン(庭)@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 23:26:40.55 ID:EowY+cPB0
>>277
最強の切腹か...これ以降何人が切腹によって果てたのだろうか


279 名前:急所攻撃(滋賀県)@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 23:16:36.20 ID:qgE4nImg0
>>277
コピペにしてもいいぐらい出来てる


314 名前:ドラゴンスクリュー(福岡県)@\(^o^)/[] 投稿日:2014/09/23(火) 23:28:44.02 ID:GRiw+fj10
>>277
これはいいな、納得だ。

参照元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1411476059/



直江兼続と閻魔大王への手紙

382 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/26(金) 18:22:42 ID:XqZmN/D5
直江兼続の家臣が領民といざこざを起こし、その領民を斬り殺してしまうという事件が起こった。
調べると家臣の方に非があるようで、兼続は慰謝料を領民の家族に送ることにした。

しかしこの領民の家族は「金はいいから死んだ本人を還して欲しい」、と抗議。
兼続の説得にもどうしても応じないばかりか、一層騒ぎ立てる始末。

ムカついた兼続はこの領民達を斬殺、死体に手紙を持たせる。

「閻魔大王へ
 先ごろ死んでしまい、そちらに行った者だが、家族達を迎えにやるので、こちらの世界に戻して欲しい。
                                           直江兼続」


383 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/26(金) 23:03:46 ID:V0pXhiFm
戦国のプロ市民w


384 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/26(金) 23:09:15 ID:bP1pJXFJ
巧みにこの世から不満の種を消し去ったわけですね、わかります


385 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/26(金) 23:14:30 ID:zoc16JUz
この話を聞くたびになんともいえない気分になる
不思議な種類の話だ
兼続も悪いが、ここまでの処置をされるとは遺族もそうとう食い下がったんだろうなぁ
両者共にもう少しやり方があったろうに


387 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/26(金) 23:21:46 ID:tfyYMlnq
>>385
まあ、学問的に捉えるなら、当時の上杉家中における、裁決に服せずあくまで我を通そうとする国人勢力の強力さと、
それを制御しようとする直江の武断主義を見るべきなのだろうな。

皮肉に考えれば、あえて直江がそこまで騒ぎを拡大させて、家中統御の見せしめとして処分した、とも
見れなくもない。


388 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/26(金) 23:28:58 ID:zoc16JUz
>>387
なるほど 背景あっての遣り様・・・という訳か


変人行為で有名な伊達政宗

545 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/23(月) 22:30:47 ID:jgdlniVm
伊達政宗が鷹狩りに出かけたある時、その途中で芝の上に寝転がり、
よほど気持ちが良かったのか、そのまま昼寝を始めた事があった。
政宗、スヤスヤと寝入ったが、この時俄かに雨が降り出す。
付き従っていた近習が、政宗を起こした
「殿、雨が降り出しました。目をお覚まし下さい。」
が、気持ちよく寝入ったところを起こされた事は、独眼竜の逆鱗に触れた
「誰が起こせといったーーーー!!!!」
政宗、傍に置いた刀を抜くと、刃をその近習に向けた!
寝起きの独眼竜の目は本気だ。近習、逃げる。が、逃げられれば政宗も当然追いかける。
そのまま2,30間(4〜50メートル)ほども、抜き身の刀を振り回しながら追いかけた。
これが、政宗に雨が降りかかる事を心配した、その結果の出来事なのだ。
近習、逃げているうちに、流石にその馬鹿馬鹿しさに気がついた。
はた、とその足を止める。そしてくるりと振返ると、そのまま政宗の前につかつかと歩み寄り、
「君臣の礼もこれまででござる!さあ!お手に懸けられよ!」
と、その場に胡坐をかいた。『もう勝手にしろ!殺すなら殺せ!』というわけだ。
おそらく途中から追いかけることが面白くなっていた政宗、こう言う態度に出られて
ふと冷静に戻ってしまった。しかし振り上げたこの刀、さて、どう治めたものか?
そうだ!
「何を勘違いしておる!?」
政宗、近習を叱り付けた
「わしはお前を斬ろうとして追いかけたわけではない!」
「ええっ!?」あんた、殺る気満々だったじゃないか!?
近習が吃驚した顔を向けると、政宗、
「わしは、お前がわしを起こしてくれた褒美に、この刀を与えてやろうと思って
追いかけたのだ。それをわしが殺そうとしたように取るなどとは、まったく、ひどい思い違いだ。」
と、抜き身の刀を投げ出して、その近習に与えた、とのことである。
これを記録した江戸期の書物には、このような事が書かれている
『政宗に関しては、この手の変人行為の記録が大量にあるんだけど、
多すぎてきりが無いし、スペースも足りないので、あえてこれ以上記載しない事にする。』
全部書いてくれればよかったのに。おしい。


政宗と家宝の茶碗

555 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/25(火) 01:45:57 ID:mi7tHH/v
ある日政宗は、縁側で家宝の天目茶碗を手にとって眺めていた。
そしてうっかり手を滑らしてしまったが、なんとか茶碗を落とさずにすんだ。
冷や汗を流した後、ホッと息をついて小考。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何を考えたか、天目茶碗をわざわざ庭石にぶつけて粉々にしてしまった。
「ええい!茶碗ごときがわしを脅かすとは!」
と叫びながら・・・・・・・・・・・・。


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