戦国ネタ

カトリック教徒は日本から追い出されるのではないか?

466 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/04(土) 08:14:04 ID:Ma7kKQZI
 関が原の戦いが起きる少し前、オランダ人のウィリアム・アダムスの船が日本に漂着した。
家康に気に入られたアダムスがその側近となると、
それを聞いたポルトガル人やスペイン人の宣教師たちは危機感をつのらせた。
プロテスタントのオランダ人が優遇されると、
近い将来、カトリック教徒は日本から追い出されるのではないかと不安になったからだ。
 宣教師たちはアダムスを解雇するよう家康にお願いしたが、家康は聞き入れない。
そこで宣教師たちはアダムスをカトリックに改宗させれば何とかなると思って
アダムス本人の説得に取り掛かったが、これも効果が無かった。
 あせった宣教師の一人がアダムスを呼び出して水の上を歩く奇跡を見せて改宗させようと
こころみた。ところがその宣教師は無様に失敗し、あやうく溺れ死にそうになった。
それを見ていたアダムスが
「だから、やめろと忠告したのに」
と言うと、その溺れた宣教師は
「お前が改宗しないからこんなひどい目にあったのだ」
と、答えた。


応仁の乱が起きる少し前、徳政令が頻発していた。

470 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/04(土) 09:22:54 ID:Ma7kKQZI
応仁の乱が起きる少し前、当時の京都では借金を帳消しにする徳政令が頻発していた。

京にある宿屋の主人は近いうちに徳政令が出るらしいとの噂を聞きつけると、
自分の宿に泊まっている旅人たちをうまいことを言ってだまし、彼らの荷物を借り受けることに成功した。
ほどなくして徳政令が出ると宿屋の主人は旅人たちに

「残念ながら徳政令が出たため、あなたがたから借りていた荷物は私のものになった」
と言った。
当然、旅人たちは怒ったが、そのうちの一人がこう言い返した。

「そうなると、我々が泊まっているこの宿も主人であるあなたから一時的に借りているものですから、
徳政令が出た以上、この宿も我々のものになりますな」

主人はこの返答におどろいて口論となり、結局は都の役人が調停することなったが、
宿屋の主人のせこいやり方を憎らしく思った役人は宿は旅人たちのものだと判断を下し、
宿屋の主人の一家は追い出される羽目になった。


名古屋城に残る清正伝説

899 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/07(水) 01:20:44.58 ID:ZsnOBZ3V

たぶんいい話。

加藤清正が名古屋城を普請中のこと。
本丸の一帯ある場所に井戸を掘ってみたのだが、水が大層濁っていた。
このままでは井戸を使うことも出来ず、困った人々は綺麗な水が沸くようにと
祈祷師を呼んで祈らせてみたが、一向に効果はなかった(そらそうだ)。

熊本城内に沢山の井戸を掘りまくったように、
城の井戸に関しては並々ならぬこだわりのある清正である。

困り果てて見つめる人足や部下たちの前で、彼は命じた。

「あの箱を持ってこい」

箱が運ばれてくると、清正は皆の前でそれを開けた。
中にはぎっしりと詰まった山吹色に輝く金、金、金。
さては金を人足達に与えて励みにさせるのだろうか。
皆がじっと見守る中、清正は箱を持って井戸の前に立つと、

清正「そおいッ!」
( ゚д゚)( ゚д゚)「えええええええ――!?」

なんと井戸の中に金を全部投げ入れてしまった。

そして井戸の底に向かって、なにやら怪しげな呪文を唱えると、


泥水が清水変わっていった。


人々は驚き、この井戸を黄金井戸と呼ぶようになったということである。


ちなみにこの黄金井戸の木枠は、現在、名古屋城の地下一階に展示されています。
残念ながら投げ入れた小判が出てきたという話はなく、
江戸期に尾張藩の財政が逼迫した時にでも使われてしまったのではないか、
と言われています。

それにしても金を投げ込むと水が澄むなんて、
金が水を生むという陰陽五行からなんでしょうか。
それとも井戸のお金を清正が出してくれたよ!という話なんでしょうか。

名古屋城に残る清正伝説の一つでした。


板倉勝重の大岡裁き(?)

522 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/12(火) 09:02:53 ID:Jtscmyry
名奉行、板倉勝重の話が出たので、板倉さんの大岡裁き(?)を一つ。

勝重が京都奉行の折、「拾った」といって金三両を届けてきた男がいた。
奉行所で落とし主を探したところ、「自分が落とした」という男が現れた。

ところがこの男、「自分が金を落としたのも運命、その金を人が拾ったの
も運命。だから自分がこの金を受け取るわけにはまいりません」といって
どうしても金を受け取らない。

拾った男も、「落とし主がみつかった以上、自分が金を(ry」といってこ
れまた金を受け取らない。

このやりとりを聞いていた勝重、「このご時世にめずらしいことだ。感動
した!」といって自分の懐から金三両を取り出して金を六両とし、
「ここに天下の奇人が三人いる。そして金が六両ある。この金を三人で分
けようではないか!」といって落とした男に二両、拾った男にも二両与え、
自分も二両を受け取った。
「これにて一件落着!」


徳川家康の「ザ・へそくり術」

857 名前:人間七七四年[age] 投稿日:2009/05/23(土) 13:33:59 ID:ObMPUxG9
上田宗箇は常々こう自慢していたという。

上田「ワシは今まで金銀は見た事がない!」

ゲヒ殿、なんかいってやってくださいよ。といいたいがこれを聞けばこの人達はこう言っただろう。

前田利家「銭があれば世の中怖い物はないんじゃ!」
黒田如水「銭で兵を雇うんじゃ!」
徳川家康「銭があれば何でも出来るんじゃ!」

徳川家康は「ケチ」だと、フロイスにも書かれるほど有名だったが、もちろん趣味だってあった。
なんだか文章があってないと思うかも知れないが、実はその趣味が何と「へそくり」。
しかも鎧櫃の中にへそくりをため込んでいたのだ。
ある日、どこかの大名家(名誉の為、伏せる)の家臣が使いとしてやってきた。

使者「申し訳ありません。のっぴきならない理由がありまして、つまりその・・・・」
家康「何?」

使者「お金貸してください!」

家康は家臣に言って奥から鎧櫃を持ってこさせ、開けさせた。
使者はこれを見てビックリした。そりゃそうだ。中にはぎっしりと詰まったお金の山。
それもきちんといつここに入れたものかも書いてあった。つまり「へそくりの記録付き」。
そしてその使者はもう一つ驚いたものを見つけた。銭に書かれた記録の中には、

家康がまだ三河の小領主時代のものがあったのだ!

恐るべき「へそくり歴」である。
ちなみに、某大名家の使者はちゃんと家康からお金を借りる事が出来たそうである。


863 名前:人間七七四年[age] 投稿日:2009/05/23(土) 14:28:38 ID:ObMPUxG9
徳川家康の「ザ・へそくり術」
さて、>>857の続編とも言うべき、「家康のへそくり」の話。
家康はへそくりが好きだったのだが、どうやってへそくりをしたのかというと・・・・

勘定方「殿。今年度の収入はこのようになりました。お言いつけ通り兵糧用の米と換金の米を分け、
    銭の収入はこのようになりました。」
家康「決済する!」

そう、コイツも又、前田利家と同じく自分の勘定は自分で決済していたのである。
但し、利家の場合は例の「そろばん」まで用いて、本当に自分で計算までしていたが。

家康「この数字のキリがいいところまでは銭蔵に収めておけ、半端な銭はもってこい。」
勘定方「はっ!いつも通りにいたします。」
家康「それから奥向きで仕事をしている女房衆も呼んできてくれよ。」

こうして、奥から女性陣がやって来る。そうこうする内に、勘定の結果、「貫」の単位までは
銭蔵へ収められ、「匁」以下の端数の銭が持ち込まれた。

家康「これは、ワシの私的に使う銭(お小遣い)じゃ、数えておくれ。」
侍女「は〜い。」

こうして私的な銭が数えられた。そして・・・・・

家康「終わったか。では、鎧櫃へ入れよう。」
侍女「は〜い。」

こうしてへそくられた。
こうして貯められたへそくりでアッチコッチの大名にお金を貸した。
そして、味方を増やしてしまい、天下人になったのだ。
ちなみにこの鎧櫃、へそくりの重さに耐えかねて伏見城の床をぶち抜いたという。


寺を助ける冴えたやりかた

362 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:15:31 ID:dqwpqMPm
寺を助ける冴えたやりかた

鷹狩に出かけた家康は、喉の渇きを癒そうと寺に立ち寄った。
寺はみすぼらしく、屋根や土壁は破れ放題であった。見かねた
家康は「なぜ寺の修繕をしないのか?」と住職にたずねた。
住職は答えた。「寺の修繕となれば、この辺りの農民に負担を掛けます。
貧しい農民達の心の拠り所の寺が、彼らを苦しめる事は出来ません。」
感心した家康が寄進を申し出ると、「我が寺のみ将軍様から目をかけて
いただいては、他の寺社から妬まれます。お気遣いご無用でございます。」
家康は寺を立ち去る際、小姓を集め命令した。
「お前達、遠慮はいらぬ。暴れ回ってこの寺を存分に打ち壊せ!」
将軍家康の命令に小姓達は逆らう事も無く、寺を散々に打ち壊した。

数日後、途方に暮れる住職に家康から書状と金が届けられた。書状
には「先日、小姓達が暴れて寺を壊してしまって申し訳ない。ついては
謝罪金を送るので、壊れた寺を修繕して欲しい。」
将軍の寄進と言えば妬まれるが、弁償と言えば角が立たない。
寺は立派に建て替えられ、住職も農民達も家康の心遣いに涙して感謝した。


この店の鶉は、良い声で鳴くのう。値はいか程じゃな?

854 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/02(土) 21:34:53.99 ID:+iesvHwb
ある時、飼い鳥を売る店の前に、駕籠が止まった。駕籠の中からは人品卑しからぬ老人が顔を出し、
「この店の鶉は、良い声で鳴くのう。値はいか程じゃな?」と、店主に尋ねてきた。

しめたカモだ、と思った店主、「へい、百五十両にございます!」と答えると、老人は憮然として
懐紙を取り出し、何やら書きつけて「これを鶉の鳥カゴに結んでおけ。」と言って去ってしまった。

呆然と駕籠を見送った店主が懐紙を開くと、そこには

“立ちよりて 聞けば鶉の ねも高し さてもよくには ふけるものかな

(鶉の結構な『音』色に誘われて来てみれば、『値』段も結構なものだったとはね。
鶉も笛の如く良く吹くが、店主もまぁ調子良く吹っかけたものだ。)

幽斎玄旨”と書かれていた。

「・・・さては細川幽斎公であられたか!!」
驚いた店主は言われた通り、和歌の書かれた紙を鳥カゴに結びつけると、
『幽斎公お声掛かり』と称して、二百五十両で鶉を売り出した。(幽斎公歌集より)


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